防衛大学校関連

学校長に聞く

2025.04.19

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防衛大学校
学校長 久保文明

 本年度も貴重な投稿の機会をいただき、心より御礼申し上げます。せっかくのお誘いですので、最近の防衛大学校の状況について簡単にご報告させていただきます。

米士官学校への4年間留学

 苦心しているのは、日本国内の多くの大学や企業同様、少子化の中でいかに人を確保するかです。昨年秋実施の令和7年度入試(正式には採用試験、73期生となります)において、高校長推薦および総合選抜では幸いにも志願者増となりましたが、一般入試では減少しています。ただし、減り方は日本人の18歳人口の減少ペースとほぼ同じなので、やむを得ない面があるかもしれません。むしろ前二者において志願者が増えたことに注目していただければ幸いです。とくに推薦入試では面接会場に関して、以前のように全志願者に防大に来てもらうのでなく、札幌、仙台など主要都市に来てもらうようにして、志願者の負担を減らしました。また、近年は自衛隊地方協力本部からの御招待に加えて、防大の方でもイニシアティブをとり、年間を通じて積極的に講師・職員を全国各地に派遣して宣伝に努めていますし、開校記念祭やオープンキャンパスにおける入試説明会も充実強化しています。
 ただし、防大は志願者増を、単に入試の工夫や改革のみで達成しようとしているわけではなく、基本的には防大自身の魅力化を通じて実現しようとしています。あるいは、単に数だけでなく、可能であれば志願者の質も向上させたいと考えています。より根本的には、自衛隊や公務員そのものの魅力化も必要となりますが、これは私どもの守備範囲を超えた領域です。ただし、現在石破内閣のもとで総理自らが議長となって実施されている「自衛官の処遇・勤務環境の改善及び新たな生涯設計の確立に関する関係閣僚会議」で示された基本方針が、防大志願者増にも追い風になっていることは確実であると感じています。
 防大の魅力といいましても、そう簡単なことではありません。魅力化とは何かなどという定義から入ると、それだけで何か月も費やしてしまうかもしれません。ここでは、具体的な取り組みを紹介することで、目指すところをお伝えしたいと思います。
 もっとも重要な試みは、米国の陸軍士官学校、海軍兵学校、空軍士官学校へ防大生を四年間留学に送り出すことです。防大新入生から希望者を募り、夏の終わり頃までに一校につきおおよそ一人の候補者を決め、年末から年明けにかけて受験手続を行う。合格すれば二年生の六月に渡米、四年後の五月末に卒業となります。

 米士官学校卒業と同時に防大の卒業証書を授与し、陸海空それぞれの幹部候補生学校に、防大同期と比べると約一年二か月遅れで着入校するという仕組みです。約一年二カ月の遅れにつきましても、同期と同じ扱いになる人事管理を陸海空各自衛隊にご検討いただいております。なお、渡米後も防大から学生手当を支給し様々な支援を提供しますが、万が一幹部候補生学校に入校しない場合には償還金が適用される予定です(本年通常国会に法案提出)。
 防大から米国士官学校への留学制度としては、これまで一学期間の交換留学があるのみでしたが、これからは四年留学が加わることになります(その他、一週間前後の短期留学の機会が少なからず存在します)。米士官学校に日本から留学する道は、防大に入学することが前提になります。ぜひとも優秀で志の高い高校生に防大を志願して欲しいと願っています。本留学制度の実施を実質的に決定したのは昨年の2月頃でした。すでに合格者の中には防大に入校しない旨意思表示をされた方もいました。私どもはすべての合格者にお手紙を送り、本留学制度の開始を周知したところ、数名が翻意し入校してくれました。まだ入校を決めていなかった方にもその決定に影響を与えた可能性はあったのではないかと想像しています。
 いうまでもなく、このような制度を開始したのは、単に防大の強化だけが目的ではなく、自衛隊全体の強化であります。米士官学校において英語力を磨いただけでなく、防大とは異なるカリキュラムで学習し、異なる訓練を受け、幅広い人間関係を築いた幹部自衛官候補の存在は、必ずや幹部自衛官集団の中に多様性と強靭性をもたらすはずだと考えています。
 現在防大の留学制度には、短期も含めればかなり多種多様なものが存在しています。米陸軍士官学校で開催されるサンドハースト競技会やインド海軍士官学校でのヨット競技(アドミラルズ・カップ)への参加など訓練・競技系派遣も含めるとさらに多様になります。今年度も合計で70-80名程度を派遣できそうです。このような国際性豊かな防大の姿を、今後ともぜひ高校生に積極的にアピールしていきたいと考えています。

学生舎生活の変化

 学生舎の雰囲気あるいは学生間指導のあり方もかなり変わったように感じています。数年前、当時の訓練部長の判断で乾布摩擦が廃止されました。これには異論もあるかと思います。ただし、学生は圧倒的に喜んでいるようで、「復活させようか?」と尋ねても「ぜひ」という答えはまったく返ってきません。
 第二学年進級時に大きな関門となっていたカッター競技の準備段階において、かつてはカッターの操作技術と無関係の上級生による体力強化指導が存在し、それが相当厳しかったようですが、最近それを圧迫型から励まし型に変更しました。ちょうど四月一日に着校し五日までに入校を決める新入生の一部はその厳しい「指導」を学生舎内で目撃して恐れをなしていた面もあったようです。どの程度因果関係があるか不確かな部分もありますが、二年前から着校後入校前に辞める新入生の数が激減しました。
 いわゆる容儀点検もかつては理不尽に厳しかったようですが、現在は問題があれば注意するものの、外出不可とはしていないようです。一斉喫食は頻度がコロナ後顕著に少なくなっていますが、実施される際には、下級生が話題を提供しなければならないといったかつての「慣わし」は無くなり、現在はむしろ上級生が話題を提供しているようで、こちらも相当変わりました。
 とくに大きく変わったのが朝の清掃で、現在は四年生を含めて上級生も一緒に行っています。学校からの指令というより、むしろ学生の、とりわけ学生隊長ら指導部の主体的な選択でした。永らく不変・不易と思われていたことが変わるのを目撃するのは驚きでもあり、まことに嬉しいことでもあります。むろん、学生間指導のあり方が変わったからと言って、規律が緩んでよいと考えているわけではありません。現在でも、防大での生活は十分厳しいのではないかと愚考します。また、人不足の中、将来性が見込まれながら些細なことで辞めてしまう学生を目撃するのは悲しいことです。
 学生の代表は教職員を交えた学校の正式な会議において、もっと勉強する時間をくださいと正面からアピールしてきました。学生からもっと勉強したいと言われて、ダメだという教育組織は存在しないと思います。具体的には運動系の校友会活動が月曜から金曜まで義務になっていますが、一日ないし二日勉学・読書・文化系校友会など、他の活動に従事できるようにして欲しいという要望でした。
 「時間は自分で作るものだ」という反論もありえます。ただ、これは大人の正論でありつつ、肝心なところで学生の真摯な問いかけから逃げているような気がします。個人の努力では克服し難い制度や規則の壁はやはり厳然として存在しているからです。可能な限り、こうした声は本質的な形で受け止めてあげることが必要でしょう。現在、これについては校友会において前向きの方向で検討中です。
 むろん、週末に全国大会に出場予定の選手であって、成績も優秀な学生に練習を禁ずる必要はないでしょう。ただ、落第すれすれの学生が現実逃避で毎日運動系校友会活動に没頭しているとすれば、それは健全な姿ではありません。
 自由な時間をあげても大半の学生はスマホでゲームをするだけなので意味がない、といった反論が予想されるところであります。そうかもしれません。しかし、少数かも知れませんが、勉強のためにより多くの時間を欲しがっている学生がいることも事実です。ゲーム派への対応を優先させることによって、すなわち運動や行事で学生をがんじがらめにし、自由な時間を剥奪することで、かりに勉強派が落胆・失望してしまったら、さらには防大・自衛隊を辞めてしまったら、それこそ防大・自衛隊にとって大きな損失であり悲劇であります。
 たしかに、古来「小人閑居して不善を為す」といった諺があります。しかし、教育機関たるもの、多様な学生に対応するのが本旨であると考えるべきでしょう。意欲のある学生はさらに伸びるように、同時に必ずしもそうでない学生に対しては少しでも前向きになるように促していくことが、プロの教育者・教育機関の取るべき道であると思います。

若干の小さな試み

 毎年7月は防大の訓練期間でして、学生は各地の自衛隊基地・駐屯地等で集中的に訓練を受けます。昨年から訓練部のアイディアに基づき、この夏季訓練中に、地方に散った学生を近隣の地方協力本部に連れていき、そこで地本の業務について研修し、場合によっては一部の業務のお手伝いをさせてもらっています。このメリットは、学生に地方協力本部の業務を理解させ、とりわけ地方協力本部がいかに苦労して自衛官をリクルートしているかを知ってもらうことにあります。学生の一部は将来、本部長などの形で実際にこの業務に従事することになるでしょう。防大新入生を含め、地方協力本部職員が現場で苦労していることを肌感覚で理解すれば、下級生に対する態度も自ずと変わって来るのではないかと期待しています。
 ある時、韓国の士官学校に長期留学していた学生による留学報告会において、教室の後ろに居眠り防止用の立ち席が用意されていることを紹介してくれました。これは、睡魔に襲われた学生が、立ちながら講義を聴講し、ノートもとりやすく設計された特殊な「椅子」です。すぐにこれはいいアイディアであると判断し防大でも取り入れたいと考えましたが、正面から財務省に予算要求して認めてもらえるものかわかりませんでした。総務部長らに相談したところ、防大の判断で充分購入可能であるとのことで、早速防衛学教育学群において試験的に導入してみました。仄聞するところでは、睡魔に襲われた学生が積極的に立ち席に移動しており、人気は上々であるとのことです。学生にも直接聞いてみたことがありますが、愛用しているとの返事もありました。ちなみに、すでに10年くらい前にワシントン・ポストの記者であった故フレッド・ハイアット氏の職場を訪ねた時、彼は、否その部屋の多くの記者が、立ち席にて仕事をしていました。ところ変われば「最先端」でファッショナブルな仕事ぶりでもあるようです。立ち席については今後さらに増やしてもよさそうです(決して立ち席を強要する趣旨ではありません)。
 防大は昭和33年から、すなわち学校創設6年目から早々とタイからの留学生を受け入れており、その意味での国際化には当初から熱心でした。現在の留学生受け入れ制度(教育受託制度)の基本形は、最初の1年間は主として日本語を学習し、2年目から4年間日本人学生と同じ生活をするというものです。現在アセアン諸国(ただしブルネイを除く。ミャンマーは新規受け入れ停止中)、モンゴル、東ティモールから留学生を受け入れています。これに令和7年4月からは、トンガとフィジーが加わります。その他、韓国からは1年間ないし2年間で常時留学生が来訪しており、それにアメリカ・フランスの士官学校からの一学期間交換留学生(主として8月末から12月後半まで)が存在します。2千人弱の本科生総数のうち110-120名程度は留学生であり、防大は非常に国際的な士官学校となっています。これは日本人学生にもきわめてよい影響を与えているはずです。
 送り出す国も、自国の将来を託す有望な若者を日本という国を、そして防衛大学校を信頼して5年の長きに渡って私どもに預けてくれています。この意味は大変重いと確信しています。ともすると、防大教官・指導官らの関心は日本人学生の方に集中しがちとなりますが、「われわれは送り出し国の期待に十分応えているか」をつねに自問自答していく必要があります。
 その点で、防大と留学生を大いに助けてくれているのが、留学生協力家庭(ホスト・ファミリー)の皆様方です。週末、夏季休暇、年末年始、そして春季休暇の折など、どうしても教職員だけでは手が届かないところが生じてしまいます。また、本校教職員がどれほど業務として頑張っても、日本の家庭の温もりや暖かさまで留学生に伝えたり提供したりするのは難しいと思われます。留学生協力家庭の皆様方は、可能な範囲でご家庭に招いてくれ、あるいは食事や観光などに誘いだしてくれています。留学生卒業行事においては、留学生が協力家庭の皆様を「お父さん」「お母さん」と呼んで心から慕っている様子を見せてくれますが、これは実に心温まる光景で、とても感動的です(「実の子でもなかなか「お父さん」「お母さん」とは言ってくれない」との呟きも聞かれました)。留学生にとって、ホームシックになったときなど、協力家庭からの支えが何よりであったのではないかと想像する次第であります。
 ちなみに、上述いたしましたように、現在防大で受け入れる留学生数は増加基調にありますが、それに比して留学生協力家庭はやや不足気味です。もしご興味をもっていただけるのであれば、防大までご一報いたければまことに幸甚です。私の着任以来、協力家庭の皆様には、カッター競技、遠泳大会、隊歌競技会、水泳大会、演劇祭、様々の講演会、開校記念祭など、留学生自身が参加する行事を中心に、可能な限り防大にご招待しています。防大に来る機会が増えて防大に少しでも馴染んでいただき、同時に面倒をみていただいている留学生との話題が少しでも増えればと願っている次第です。
 数年前から、夜間(といっても夕暮れ時から22時までですが)防大の時計台を照明でライトアップしています。下から照らし上げる設備がありながら(電気代や近所に対する配慮からか)使用していなかったようで、もったいないことだと感じ、点灯するようにしました。私が昭和59年から61年にかけてニューヨーク州北部によるコーネル大学で学んだ際、カユガ湖の対岸からライトアップされた高台にある同大学の美しい建物を見て感動しました。その記憶は40年近く経っても鮮明です。また、平成11年から1年間研究生活をしたワシントンのジョージタウン大学のポトマック川対岸からの夜景も見事でした。学生からは横須賀の街中から時計の灯が見えると聞きました(まだ門限に間に合うことを意味するようです)。東京湾からも、浮かび上がっている姿が見えるかもしれません。護衛艦などから卒業生にも見て貰えると嬉しい限りです。
 やや大袈裟な例えで恐縮ですが、1630年、マサチューセッツへの初期の入植者の一人であったジョン・ウィンスロップは、ピューリタンが建設するコミュニティを「丘の上の町」(a city upon a hill )と譬えました。世界の範となるべきピューリタンの試みが成功するか失敗するか、世界中の眼が注がれているという意気込みと警告が込められています。防大にも、少なくとも一部は、このような側面は存在するのではないかと感じています。規律ある厳しい生活を自ら求め、危険を顧みず職務を遂行するために、まさに範を示そうとしている若者たちがここに集っています。海外から見ている人もいるかもしれません。時計台のライトアップから話がやや飛躍してしまいましたが、防大生はこれくらいの気概と誇りをもってもおかしくないと思う次第です。
 最後になりましたが、本年4月26日から30日にかけて防大としては画期的なラグビーの国際士官学校対抗戦を小原台で開催する予定です。イギリス海軍兵学校、オーストラリア国防大学、フランス海軍兵学校を招待して実施します。数年前に防大チームがフランスで実施された英仏対抗戦に招待されたことがきっかけです。ぜひ防大チームを応援していただければ幸いですが、この機会に見学を兼ねてキャンパスにお立ち寄りいただくのもいかがでしょうか(ただし事前手続きが必要です。お問い合わせ先は末尾の注を参照してください)。
 さまざまな話題に触れたためまとまりの無い文章になってしまいました。最近の防大の雰囲気の一端でも感じていただければ望外の幸せです。引き続き防大へのご支援と後輩諸君の応援をどうぞよろしくお願い申し上げます。

注 防大お問い合わせ先(留学生協力家庭およびラグビー士官学校国際大会について): 社会連携推進室まで(電子メール:ndainfo@nda.mod.go.jp)

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