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同窓生は今

今人生、男盛り ~25期(空)~

2020.01.03

「恩返しと挑戦」

吉田 浩介(25期、航空)002086.png

 航空自衛隊を退官して3年が経過、生命保険会社の顧問として第二の人生を歩んでいます。現役時代は千歳、市ヶ谷、十条、目黒、横田、岐阜、小松、新田原で勤務しました。家族にとっては転勤の連続で、防衛駐在官の時代はモスクワに住みました。ちょうどその時期に子供達の高校受験と重なり、長女は英国に留学し寄宿舎生活、次女は単身帰国し寮生活を送りました。東京に自宅を構えてからは単身赴任となりましたが、自衛官としての人生を振り返った時、本当に家族の理解と支援無くして務めることは出来なかったとつくづく感じました。

 我々25期生の航空要員は、卒業時に85名だったと記憶していますが、航空大事故で2名(故鈴木君、故酒井君)、病気で4名(故塔鼻君、故西野君、故常原君、故吉井君)の計6名の仲間を失いました。それを考えると退官し還暦を迎えることができた事だけでも凄いことであり、天国から見守ってくれている同期生のご加護だと感じています。歩んでいます。

 還暦を迎えると健康な生活があと何年送れるのかと不安になります。これは還暦を迎えてみないと解らない心境だと思います。関西出身の家内は『残りの人生は儲けもの、楽しまなければ損、損』が口癖です。やるべきことはやったのだから、健康なうちにもっと楽しもうと言っているのです。私は第二の人生において恩返しと挑戦をモットーとしています。

 私には二人の娘が居て、二人とも結婚し一男一女の子供を授かっており、この歳にして既に小学校一年生を筆頭に4人の孫がいます。ほぼ毎週末、娘達は子供と旦那様を連れて実家に帰ってきて、全員揃って夕食を取っています。また、娘達、孫達にスキー用品一式を買い与え、冬には妙高高原や野沢温泉へスキーに出掛け、夏には別荘一棟を貸し切って、子供達夫妻と孫達全員で出かけることが年中行事になっています。このような機会を通じて少しでも家族への恩返しになればと願っているのです。

★妙高高原池之平スキー場にて ★軽井沢の貸別荘にて還暦祝

 恩返しと言えば、現役時代に大変にお世話になったのが防衛関係諸団体です。特に航空自衛隊の基地は戦闘機による騒音で地元に迷惑を掛けているにもかかわらず、基地や部隊を支援していただいているのが防衛協会、隊友会、つばさ会に代表されるOB会等です。退官して直ぐにそれぞれの会に入会すると共に、全国防衛協会連合会及び東京都防衛協会では、常任理事として県や支部で行われる会合に併せて講演したり、会員の方々の活動を支援しています。隊友会では常務執行役として会勢の拡大、機関紙隊友の編集、各種ボランティア活動を担当しています。また、防大の学生時代に所属した防大山岳部の校外顧問として現役の活動を支援しています。更に40歳を超えてからテニスを始め、その後に勤務した基地ではテニス部に所属しました。テニスを通じて人間のネットワークが広がり、公私ともども支えてくれました。より多くの隊員にテニス部活動を通じたネットワークの素晴らしさを味わってほしいと思い、全自衛隊テニス連盟の会長として全国の駐屯地、基地における部活動の活性化に尽力しています。その他、米空軍から防大へ8月から12月までの間、留学に来る候補生のホスト・ファミリーを務めています。いずれの活動も恩返しのつもりが、いつの間にか第二の人生の生き甲斐になっています。

 第二の人生におけるもうひとつのモットーは挑戦です。
 高校時代から防大と山岳部に所属して様々な活動をしてきましたが、この歳になるまで登ったことが無い山が沢山あり、退官後は現役時代に出来なかったことをやろうと心に決めました。そのため退官してからはお昼休みを利用して週3回は皇居を1周駆け足して体力練成をするように心掛けています。
 退官した28年は、針の木雪渓を登り針の木岳から爺が岳までテント泊で縦走しました。また、八方尾根を登り唐松岳から不帰のキレットを経由して白馬鑓ヶ岳、朝日岳までテント泊で縦走しました。また、この年は北海道の利尻岳、青森県の岩手山にも登りました。

★後立山連峰白馬鑓が岳より朝日岳を望む ★爺が岳南峰の山頂にて

 29年は涸沢から北穂高岳に登り、大キレットを経て槍ヶ岳、双六岳まで縦走しました。この時は岩稜地帯であり、疲労を抑えるために小屋迫としました。この年は他に山形県の鳥海山にも登りました。

★涸沢小屋より前穂高岳を望む ★越えてきた大キレット、北穂高岳を望む

 30年は遠見尾根を登り五龍岳から八峰のキレットを経て鹿島槍ヶ岳、爺が岳まで縦走しました。これにより、後立山連峰を針ノ木岳から朝日岳を経て日本海まで完歩しました。

★鹿島槍ヶ岳南峰より北峰を望む ★爺が岳北峰の山頂にて

 今年は、富山県側の有峰口から太郎平に登り、薬師沢を経て雲の平、三俣蓮華岳、黒部五郎岳まで縦走しました。小屋泊まりでしたが、家内が初めてバテて、最後は二人分のザックを担ぎ、日没ぎりぎりに小屋に到着できました。悪いイメージを持ったまま一年を終わるのが嫌だったので、表銀座と言われる中尾新道を登り燕山荘にテントを張り、燕岳、大天井岳を往復してきました。

★雲ノ平より薬師岳を望む ★燕岳頂上で迎える日の出

 『なぜ、そんなに生き急いでいるのか?』と言われるくらい、家族のため、現役のため、そして自分のために、何者にも縛られることなく、やりたいことをやりたい放題の充実した日々を重ねています。

(2019.10.31)

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