防衛大学校関連

防大図書館貴重書庫で歴史探訪の旅

2015.04.10

 同窓会会員の皆様、平素より防衛大学校をご支援賜り、誠にありがとうございます。
 現役学生の頃、皆様は期末試験や卒業研究の準備で足繁く図書館に通った真面目学生だったでしょうか。それとも、学生舎が遠いから、という理由で図書館とは縁の薄い体力勝負の学生だったでしょうか。いずれにしても、防大図書館地階の一角にある貴重書庫の存在を案外ご存知ないのでは。本日は、そんな貴重書庫に眠る主要コレクションの紹介を兼ねて、皆様を歴史探訪の旅にご案内させていただきます。
 古代ギリシアの歴史を紐解く時、ペルシア戦争(紀元前499年~449年)を描いたヘロドトスの『歴史』、ペロポネソス戦争(紀元前431年~404年)を著したトゥキディデスの『戦史』に続く有名な歴史書がクセノフォンの『ギリシア史』です。貴重書庫を入ると、16世紀中葉にヨーロッパで刊行され羊の皮で装丁が施された重厚なクセノフォン全集が目に飛び込んできます。
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 紀元前430年頃にアテネで生まれた軍人で、ソクラテスの弟子でもあったクセノフォンの全集には、『ギリシア史』の他、騎兵戦術の研究やソクラテスの思い出などを記した数多くの著作が収録されています。中でも、指揮官として1万のギリシア傭兵を率いてペルシアから帰還した際の顛末を記した『アナバシス』は有名です。その後、ペロポネソス戦争ではスパルタ軍に加担して祖国アテネから追放されるというクセノフォンの数奇な運命にも興味をそそられます。
 ペルシア遠征軍を撃破したスパルタ重装歩兵を彷彿とさせるのが、18世紀のプロイセン王国軍です。1740年、プロイセン国王に即位したフリードリヒ2世(大王)は、オーストリア継承戦争(1712年~1748年)と7年戦争(1756年~1763年)を戦い抜き、ドイツ帝国に至る礎を築いた啓蒙専制君主です。鉄の規律と機動力で圧倒的劣勢を跳ね返した「斜行戦術」に代表されるフリードリヒ大王の戦術・戦略は、ナポレオンをはじめ後の軍人に多大な影響を与えました。また、フランスの啓蒙思想家ヴォルテールや作曲家バッハとも親交の深かったフリードリヒ大王は、歴史、哲学、文学から軍事に至る多様な分野で多くの著作を残しました。1846年から10年かけてベルリン王立印刷所が編纂・刊行したフランス語版のフレデリック大王全集が全て揃っているのは、日本国内では防大総合情報図書館だけです。
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 フレデリック大王の没後、プロイセン王国はフランス革命思想の波及という危機に直面しました。1794年にプロイセン王国軍歩兵連隊に入隊し、14歳で第一次対仏同盟戦争に参戦したのがクラウゼヴィッツです。彼は15歳の若さで少尉に昇進し、1803年には士官学校を首席で卒業しました。
 1806年イエナの戦いで、プロイセン王国は、ナポレオンⅠ世率いるフランス軍に完敗しました。捕虜となったクラウゼヴィッツは、フランス抑留中に見聞を広め、プロイセン王国を立て直すための軍政改革に取り組みました。1815年のワーテルローの戦いを参謀長として指揮したクラウゼヴィッツは、1818年から30年まで陸軍大学校長として勤務する傍ら、軍事学の研究に打ち込みました。その研究成果を、マリー夫人が遺稿集としてまとめたものが不朽の名著『戦争論』です。1832年から1834年にかけて1500部発行された初版本が貴重書庫にあります。
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 クラウゼヴィッツの軍事理論は、彼の後継者モルトケを通じて日本陸軍が採用したプロイセン式の歩兵戦術や参謀本部モデルに投影されました。その一方で、英国式兵法の導入を検討していた薩摩藩が、軍学者赤松小三郎に依頼した完訳本が「重訂英国歩兵練法(7編9冊)」です。その原書Field Exercises & Evolutions of Infantry(1862)は、赤松から坂本龍馬の手に渡り、土佐藩を経由した後、高知県出身の故上田修一防衛大学校教授を介して防大図書館に寄贈されました。貴重書庫には、赤松が翻訳に使用した原著とその完訳本が、肩を並べて保管されています。
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 赤松の教え子であり、薩摩藩士として1862年に薩英戦争に従軍したのが東郷平八郎(1848年~1934年)です。東郷は1905年の日露戦争において、連合艦隊を率いて日本海海戦でロシア帝国海軍バルチック艦隊を破りました。東郷は日本海海戦に際し、「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し」と大本営に打電し、「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」と旗艦三笠にZ旗の掲揚を指示して全軍の士気を鼓舞しました。これら二つの有名な電文を記した東郷の遺墨が、貴重書庫に所蔵されています。また、赤松が師事し、東郷に操艦術を教えた幕府海軍奉行だった勝海舟、さらには勝と共に「幕末の三舟」として名を馳せた山岡鉄舟、高橋泥舟の遺墨も所蔵されています。
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 母校を訪問された折には、是非とも図書館にも足を運ばれてはいかがでしょうか。1階には防大1期生から59期生までの卒業アルバムが開架されています。若かりし頃の雄姿を確認しながら在校時のほろ苦い思い出に浸ると共に、貴重図書に触れて歴史を探訪されるのも一興かと存じます。ただし、貴重書庫の閲覧には事前の許可申請が必要となります。ご来館の前に担当(閲覧係、内線2108)へご一報願います。

防衛大学校総合情報図書館長 武田 康裕

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