防衛大学校関連

平成28年新春 國分学校長に聞く

2016.02.03

      学生間指導における「新たな高み」

       防衛大学校長  國分良成

広報用として_最1新_.jpg 昨年の『小原台だより』の中で、60年という大きな節目を超えた防衛大学校が、現在全校をあげて取り組んでいる「新たな高み」プロジェクトについて説明させていただいた。昨年4月には、学生の知的水準と国際感覚の向上に資することを目標に、教養教育センターと国際交流センターが新設された。今年4月にはグローバル・セキュリティ・センターが発足する予定だが、これは防大の顔となるような高度な研究センターを目指している。防大に相応しい文理融合型の最先端の研究プロジェクトが、国内・国外の研究機関との連携により始動することになろう。
 防大では、もう一つ忘れてはならない「新たな高み」プロジェクトが同時進行している。それは防大教育の根幹ともいうべき訓練面における「新たな高み」である。防大では、いうまでもなく学生舎生活と校友会が訓練訓育活動の大きな柱となっている。防大はこの数年、前代未聞の悲しい出来事を複数経験した。保険金詐欺事件といじめ事案などがそれである。もちろんこれらは一握りの学生であり、組織性も見られず、ほとんどの学生は規律正しく清廉な生活を送っている。しかし、前者に関しては卒業生5名の懲戒免職、現役学生13名の懲戒退校の処分が下された。いじめ事案に関しては、社会的な関心も集めた。
 これらの事案は「新たな高み」プロジェクトを立ち上げた前後に発生した。私は最高責任者としてこうした一連の事件の背後にある膿を徹底的に出すよう命じ、同時に訓練訓育面においてもこれらを大きな教訓として、訓練版の「新たな高み」を作成するよう指導した。このような渦中において、防大は幸いにも幹事として岡部俊哉、森山尚直、小林茂、訓練部長として伊藤弘、湯浅秀樹という優れた指導者を次々と迎えることができた。幹事と訓練部長を中心に議論に議論を重ねる日々が続いた。私自身もこうした議論に何度となく参加し、若い訓練指導官たちの現場の声に耳を傾けるようにした。このような過程を経て、最終的に分厚い巨大な報告書が完成し、最近になってその要約版ができあがり、学生にも配布された。
 その主題は『学生間指導の在り方』だが、私の提案で副題を『世界一の士官学校を目指して』とした。世界各国には、それぞれの歴史や文化、政治や経済などの状況に応じて士官学校固有の教育理念と制度が存在している。しかし優れた軍幹部の人材養成という点においてはいかなる士官学校も同じ方向を向いており、この部分に違いはない。私自身もこれまで世界の数多くの士官学校を視察してきたが、学業・訓練バランス、日課の自律・規律バランス、学生・教官比率、留学生比率、陸海空の統合度合、軍内幹部の卒業生比率などの様々な要素を勘案すると、防大はいずれも世界的に相当に高い水準を誇っている。これは私の印象であるが、確信でもある。
 『学生間指導の在り方~世界一の士官学校を目指して~』について簡単に紹介しておきたい。まずその結論から言えば、防大生は「良き社会人」であることを自覚し、学生舎生活が「公」の場であることを認識すべきである、ということである。そして学生間指導において最も重要なのは、指導した内容が「指導された本人の実にならなければならないこと」であり、その際指導者の根底にあるべきは、「相手の気持ちを慮る心」であり、「被指導者の人格を尊重する心」であり、「人の成長を待つ心」である。
 指導の基本は「言葉を尽くして行うべきで」、「暴力的指導」や「意味のない不適切な強制を伴った指導は厳に慎まなければならない」。本文中ではこうした指摘が何度となく繰り返されているが、その理由はすなわち、防大の常識と社会の常識に違いはないとの強い思いからである。
 具体的な指導方法を記した部分にも多くの注目すべき指摘が散りばめられている。例えば、口頭指導したとしても、必ずしもすぐに効果が現れるものではないこと、指導には忍耐力が必要なこと、相手を威圧してはならないこと、「怒る」ことと「叱る」ことは違うこと、指導者は自らの感情を抑制すべきこと、威圧や暴力による指導は自己の指導力に対する自信のなさの現れであること、等々がそれである。
 要するに、防大生が身に付けるべきは「恐怖心に基づき相手を従わせる威圧的指導ではなく、尊敬と信頼に基づき自然と相手が従う『心服させる指導力』である」。本学生間指導要領は防衛大学校だけではなく、広く社会一般、特に企業や学校など、あらゆる組織や機関においても通用するにちがいない具体的で啓発的な知恵が満載されている。
 この指導要領に基づき、昨年以来、実際に学生の日課時限の変更が試験的に行われている。週5日あった課業行進の週3日への削減、日夕点呼の1940から2215への変更、自習時間の拡大、などがそれである。つまり、学生の自主自律の拡大である。一人ひとりの学生の自由な時間の幅を広げることで、学生個人の判断で学業補習、読書、その他の教養力向上、語学力向上、体力向上などに空いた時間を当てることができる。近年、伝達手段の発達などもあってか、学生間指導が過度になり、とりわけ下級生たちの自由な時間がほとんどなくなり、自分の頭でものを考える余裕がなくなり、ただ言われるままに動く傾向が顕著に見られる。昨秋、英国の王立海軍兵学校を訪問して学校長と意見交換した際、同じような現状認識を共有していることが確認できた。
 もちろんこれですべてが解決したとは思っていない。こうした制度の導入以来、確かに大きな事案はなくなり、特に下級生たちが以前より伸び伸びとしている。しかし、となれば逆に、今後防大生活の厳しさをどのように担保していくか、このあたりが課題となる。重要なことは、すべての知恵は実践の中にあるということである。試行錯誤の繰り返しの中で我々の知恵は形成されるのであり、一度スタートした制度を金科玉条のように扱わず、今後ともフィードバックしながら改訂していく柔軟な思考を持ち続けることである。それこそが「世界一の士官学校」を目指す上で重要な要素である。

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