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EMPの高高度核爆発による発生過程

2017.11.21

古賀義亮

 画像1トリ330.jpgEMPの核爆発によって発生する過程にはコンプトン効果がある。コンプトン効果は1922年米国のコンプトンによって発見され、1927にコンプトンはノーベル賞を受賞している。極めて波長の短い電磁波を物質に照射すると、その電磁波によって電子に衝突したような現象を起こして電子がはじき出される。これがコンプトン効果である。波長の短い光が量子のような振る舞いをおこすことから光の量子説が唱えられるきっかけとなった。電子が放出されるので物質は電離状態となるから、その物質はイオン状態となる。

画像2トリ330.jpg 核爆発に伴って電磁波である強力なガンマ線束が放射され、その線束は爆心から放射状に拡がる。ガンマ線は大気圏に到達すると空気分子に衝突してコンプトン効果により、高エネルギ電子を発生させる。自由になった電子は、爆心から放射に広がって、巨大な電子流となる。ここで核爆発により発生する巨大な電子流をコンプトン電子流ということにする。散乱された波長の異なるガンマ線により、さらに空気分子から電子を遊離させ、多くの電子とイオンからなる対をつくりプラズマ状態となる。すなわち遊離した電子流は爆心点の直下方向にプラズマを発生させる。空気分子から分離した電子流は電磁場をつくる。この電磁場は、爆心の周りにつくられた導電性プラズマの中で電流を発生させ、電流と電荷分布の偏りが生じる。全電流密度はこの伝導電流とコンプトン電子流の和であり、電磁場の偏りと地磁気の影響によってEMP発生の強度にも偏りが生じる。

 以上が核爆発によって生じるEMPの大まかな過程であるが、すでに高々度核爆発は条約によって禁止されているので、学理的な解析は確定されていないようである。従って現在は学理上のモデルが提唱されているので、次にその概要を述べる。

・空気の導電率の変化

 空気の導電率は、コンプトン電子流により爆心点直下付近の空気をイオン化する。任意の点の導電率は、生じる電荷キャリア(電子の陰イオンと陽イオン)と運動の自由度に左右される。核爆発はガンマ線と共にベータ線とよんでいる電子流が存在し、これは地磁気の影響を受けて電子流の方向が変化する。これを核爆発電子流とする。

 EMPの大きさを計算する場合の荷電粒子は、コンプトン電子流と核爆発電子流による負イオンと空気分子の正イオンに分類される。その電子流の中に存在する自由電子は正イオンと結合するか、空気中の中性分子に付着して負イオンとなる。導電率はこれらの荷電した分子の数によって定まるが、境界条件によって大きく左右される。

EMP発生の境界条件

 EMPの発生は負イオンと正イオンの粒子流の方向と放射場の境界条件によって影響をうける。核爆発があらゆる方向に無限大に広がる均質の大気中で起こるならば、電流密度が球状の対称性となって磁場は生じない。しかし実際には、大気の構成は上空に行くに従って薄くなっているため、コンプトン効果による電流密度は上空ほど少なくなるためにアンバランスな電磁場が発生する。また地表面付近においては空気と地表面の境界面、高高度の場合は、宇宙空間と大気境界面によって非対称性が生じ、低高度の天候状態によっても影響がある。

・放射電磁場のモデル

 イオンの電流密度、誘電率、及び境界条件が得られれば、EMPを発生する電場と磁場の成分を解くことができる。しかし発生源の高度とか地上上空の環境が複雑であるので、理論解析式の設定は実験を伴わない限り困難である。

 そこで現在のところ簡単な仮説によるEMPの発生モデルとして、電離領域内の電場を説明する電荷分離モデル、放射場の発生を説明する電気双極子モデル、および磁場の発生を説明する磁気双極子整相モデルの3つが提示されている。

①電荷分離モデル  このモデルは、爆心点付近の現象について説明できる。コンプトン効果によってはじき出された電子は爆心点から放射状に急速に離れ、一方、重い正に帯電した元の分子はほとんど同じ場所に残る。電荷の二つの殻(内側が正で外側が負)は、局部的なEMP放射電場が生起する。コンプトン電子流の非弾性衝突により発生した二次電子は、さらに周囲の空気をイオン化し、放射電場の導電率を増加するとともに、放射電場の影響により正に帯電した爆心側へ移動し、局部的電場を減らそうとする。爆心が球状に対称的であると仮定すれば、磁場は発生せず、伝導電流はコンプトン電流を打ち消す方向に流れるために、EMP放射電場の時間的波形は、爆心からの距離によって異なる。爆心付近ではコンプトン電流と空気の導電率は急速に上昇するが、導電率がある一定以上になると移動電流の限界を超えるため、発生する放射電場は飽和状態になる。逆に遠方では、電荷分離があまり大きくないため、EMP放射電場を生じる程の電流は発生しない。

②電気双極子モデル このモデルは、表面と空中爆発における放射場の発生過程を扱っている。空気密度が完全に上下対称形の爆発においては、磁場は発生せず、EMP放射電場だけが電荷分離によって生じる。しかし、電荷領域内の電流分布は、対称とはならない。表面爆発においては、電流の大部分は地表面に限定して発生する。空中爆発においては、高度により空気密度が変化するので、爆心上方の電流は、下方とは異なっている。電流密度ベクトルは垂直方向に非対称性となる。爆心から遠くでは、短い垂直双極子がEMP発生源のモデルとして使われる。

 双極子モーメントは、放射電場の時間波形を求めることができる。当初は、コンプトン電子流が爆心付近から急速に離れるため、双極子モーメントは急速な立ち上がりとなる。その後、二次電子による空気のイオン化により、電荷の再結含が起き、双極子モーメントは長い時間かけて減衰する。放射電場は、この双極子モーメントの生成・消滅過程から見積ることができる。

③磁気双極子整相モデル  このモデルはコンプトン電子と地球磁場との相互作用で放射場を発生させる機構について説明できる。これが高高度核爆発に伴うEMPの主要な原因である。この効果は、表面及び低空中爆発においても現れるが、影響は無視できるほど小さい。

 地磁気によってコンプトン電子流は本来の放射通路から偏り、地球磁力線の周りに螺旋状に動く。コンプトン電子が偏り、放射電流に加えて地磁気と交叉する電流が発生する。観測位置から見た磁気双極子は一列に並ぶ放射対とみなすことができる。各々の双極子は電磁場を発生する。これらの双極子場の総和によって、極めて大きなパルス性の磁界場となる。

・高高度核爆発に伴うEMP

 以上に述べたモデルから、高度40km以上で発生する高高度核爆発は、主な効果が放射能や爆発、熱風などと違い、広い範囲にわたってコンプトン効果によるEMPを発生させる。これは表面及び低空中爆発の影響とは異なっている。爆発によって生成されるガンマ線は、球状殻の爆心から放射線状に光速で広がる。高度40Km以上では大気はほとんどないのでガンマ線は減衰しない。

 高さ40Km以下では、ガンマ線はコンプトン散乱によって空気中の分子に吸収される。20Kmの高度に達する位までにはガンマ線はほぼ吸収される。そのため、高高度爆発の発生源領域は、2040Kmの間にある。この領域は、かがみ餅状の形をしており、横方向の広がりは、地球の曲率により定まる。

画像3トリ330.jpg コンプトン効果によるEMP発生源領域の高度2040Kmの間において、コンプトン電子は吸収される間に約100m移動する。この距離を移動する前に、電子は地磁気によって約100mの半径で向きを変える。コンプトン電流は、爆心からの放射方向とは異なる方向の大きな成分を持つこととなり、磁気双極子整相モデルで述べたような放射場を発生する。コンプトン電流によって発生する場は、ガンマ線が全て吸収されるまで続き、なおかつガンマ線殻が広がるために引き続き増大する。そのために放射場は極めて強いものとなる。この強大な場は短い時間で立ち上がり、爆発高度によっては広い地域を覆うことになる。

 空間的広さ、時間波形及びピークの振幅など高高度EMPの特性は、爆発高度HOB(Height of Burst)出力及び爆心と観測地点の相対的位置によって異なる。

・空間的な広がり

 高高度核爆発に伴うEMPの地理的到達範囲は、爆発の高度によって決められる。最大地上範囲(接線半径)は、爆心から地球までの接線に依存し、この接線と爆心直下の地球表面の点との間の弧の長さである。地球の概略半径はR=6370Kmであり、HOBKm単位の爆発高度とする。例えば、高度400Kmにおける爆発によって発生するEMPは、最大で実に2200Kmの地上範囲(接線半径)になる。

 アメリカ合衆国本土の面積が約800Km2とすると高度100Kmで核爆発を起こした場合、その影響範囲は400Km2となりその程度の高度の爆発でさえアメリカ合衆国の半分の地域を覆ってしまうことになる。仮に100Kmの高度で核爆発が東京直上で発生した場合、日本列島の直線距離は約3000Kmであるので北端、南端の一部分を除きそのほとんどが影響範囲に入る計算となる。

EMPの時間依存性

 EMPの時間波形は、到達範囲の地域によって大きく変動する。これは3つの領域にわけて説明できる。爆心地近くでのEMPは、約5×10-9秒の立ち上がり時間(ピーク電磁場の強度が10%から90%に上昇するのに要する時間)と、約20×10-9秒を半減期とするエネルギとなる。最大ピーク電磁場の領域内では立ち上がり時間は、10×10-9秒以下、半減期は約50×10-9秒以下である。上で説明したEMPの最大ピーク電磁場が表れる爆発南方地点では、立ち上がり時間は10×10-9秒より若干長く、半減期は約200×10-9秒程度である。

 地域によってパルスの時間的変化状況は異なる。重要なこととしてEMPエネルギのコレクタ(マイクロ波通信用鉄塔、埋設および架空ケーブル等)の大部分は、周波数選択性を持つことである。このため、EMPエネルギの周波数を知ることが重要である。EMP周波数スペクトルは、実に直流付近から数百MHzまで広がっているので、広域帯にわたり障害をもたらす電磁場となり、通常の狭いスペクトル幅の障害とは全く違っている。

 以上、高高度核爆発によって発生するEMPの発生過程について現在のところ提示されている学理的な内容について記述した。次回はEMPにより、どのような被害が起こり得るか解説する。

画像4トリ330.jpg日本海上の高度が低い場合

すでに何度か通過したミサイル軌道による高々度の場合画像5トリ330.jpg

(いずれも朝鮮半島に影響があるので実施されないと思われる)

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